アークスについて|アークス
会社概要
商号:株式会社アークス
代表取締役: 辰野 方哉(たつの まさや)
創立:1988年10月
電話番号:0470-22-4180
FAX : 0470-23-4987
電話番号:0438-38-3898 FAX :0438-38-3899
代表取締役: 辰野 方哉(たつの まさや)
創立:1988年10月
<館山本社>
住所:〒294-0045 千葉県館山市北条1708電話番号:0470-22-4180
FAX : 0470-23-4987
<木更津営業本部>
住所:〒292-0045 千葉県木更津市請西南5-26-12電話番号:0438-38-3898 FAX :0438-38-3899
社長挨拶
はじめまして。アークスの
辰野方哉(まさや)と申します。
辰野方哉(まさや)と申します。
私のモットーは「真実は(物)者語る!!」です。
「本物」とは?この言葉を深く追求し、奥深くしっかりした人生を歩んで生きたいと、自身に言い聞かせて社会貢献・事業繁栄に心掛けています。
社会が潤い、皆様がゆとりある生活をすることで、世の中が好循環し各事業にも繁栄をもたらすことを望みます。
社訓として「新時代創造」。指針は「信頼」「信用」「信望」「信念」として四信を追求。保険をコンサルタントとして専門知識を深め、皆様の生活のお役に立つことを仕事の喜びとしています。
保険会社に利潤の要求はあたりまえですが、社会の安全を守り福祉の向上に貢献し、嘘・偽りなく真理を追究した保険マンをめざし、常日頃、自社のメンバー全員、お客様から信頼・信用される仕事をすべく、日々切磋琢磨しています。
その為、少しでも事業のほかに、地域貢献をする時間をもち、社会が潤うことを願望しています。
<地域担当役務>
- ・たてやまコミュニティビジネス研究会 理事
- ・特定非営利活動法人 千葉自然学校 理事
- ・たてやま海辺のまちづくり研究会 会長
- ・館山法人会 副会長
- ・株式会社アークス 代表取締役
- ・関東総合保険センター 代表取締役
- ・南房総観光プラザ 代表代行
- ・株式会社 安房麦酒 取締役
- ・シーバード館山 会長
「まちづくり」
大学の卒業論文で「中心市街地の空洞化」研究しました。
これはアメリカ・ロサンゼルス、サンディエゴ、メキシコ・ティファナを旅した際、サンディエゴの町において、ベトナム戦争から帰った若い兵士が結婚をして新しい新居を持つ為、土地の安い郊外に移動していきました。 そこにコミュニティができ、スーパーやショッピングモール、学校、公民館ができ、アウトバーンも通り、住みやすいエリアができた為中心から人々がいなくなるのです。
日本においても同様にバイパスができると、その周辺に人が移り住んでいき大手スーパーやショップが道路わきにできて住宅も増えていき、中心市街地にあったどこでも「銀座通り」として名を付けた商店街のシャッターが閉まり、しまいには空き地となって活気が失われていきます。
それには理由が多々ありますが、大きな要因として車社会に移り変わった昨今、車で来るお客様のための駐車スペースがない、商店が18時にはシャッターを下ろしてしまい、18時に仕事を終え買い物に行ってもお店が開いていない!ほしい商品の品ぞろえがなく買うものがない!大手スーパーができ、お客様の足がショッピングモールのほうへ行ってしまう!等 商人という立場を忘れ、自分の力不足、努力不足を棚に上げ、外部に向けて言い訳ばかりを言う商人がほとんどで、衰退の挙句消えて行ってしまっているのです。
館山に1983年帰郷し街を見ると、まさにそのような地域になる姿が見え、商店を運営している方々とお話をさせて頂きましたが、不安を感じることが多々ありました。昭和初期に商店が立ち並び商店街となっていきます。その時の店主はみな創業者で熱意をもってお店を運営していき、活気がありました。
その後、2代目3代目と営みが引き継がれ、利益ばかりを見て本当に自慢できる商品を並べる努力を怠り、お店は徐々に衰退していくのです。
お店は人がつくる物で、そこには大切な「心」が最も必要なのです。それが失われた事業所はおのずと結果が出てしまっているのです。
「集合テナント」アメリカを放浪していた時、アウトバーンの道沿いに5店舗から10店舗のお店が共同で駐車場を持ち、モールを創造しそれが点在していました。1988年これを館山市へ持ち込み、事業を創業したいという仲間を集め、「ARKS」をつくりあげました。
それから40年近く時が経っていますが、おかげ様でテナントの方々の力を合わせ、駐車場が満車になるくらい運営されている現状です。
これはアメリカ・ロサンゼルス、サンディエゴ、メキシコ・ティファナを旅した際、サンディエゴの町において、ベトナム戦争から帰った若い兵士が結婚をして新しい新居を持つ為、土地の安い郊外に移動していきました。 そこにコミュニティができ、スーパーやショッピングモール、学校、公民館ができ、アウトバーンも通り、住みやすいエリアができた為中心から人々がいなくなるのです。
日本においても同様にバイパスができると、その周辺に人が移り住んでいき大手スーパーやショップが道路わきにできて住宅も増えていき、中心市街地にあったどこでも「銀座通り」として名を付けた商店街のシャッターが閉まり、しまいには空き地となって活気が失われていきます。
それには理由が多々ありますが、大きな要因として車社会に移り変わった昨今、車で来るお客様のための駐車スペースがない、商店が18時にはシャッターを下ろしてしまい、18時に仕事を終え買い物に行ってもお店が開いていない!ほしい商品の品ぞろえがなく買うものがない!大手スーパーができ、お客様の足がショッピングモールのほうへ行ってしまう!等 商人という立場を忘れ、自分の力不足、努力不足を棚に上げ、外部に向けて言い訳ばかりを言う商人がほとんどで、衰退の挙句消えて行ってしまっているのです。
館山に1983年帰郷し街を見ると、まさにそのような地域になる姿が見え、商店を運営している方々とお話をさせて頂きましたが、不安を感じることが多々ありました。昭和初期に商店が立ち並び商店街となっていきます。その時の店主はみな創業者で熱意をもってお店を運営していき、活気がありました。
その後、2代目3代目と営みが引き継がれ、利益ばかりを見て本当に自慢できる商品を並べる努力を怠り、お店は徐々に衰退していくのです。
お店は人がつくる物で、そこには大切な「心」が最も必要なのです。それが失われた事業所はおのずと結果が出てしまっているのです。
「集合テナント」アメリカを放浪していた時、アウトバーンの道沿いに5店舗から10店舗のお店が共同で駐車場を持ち、モールを創造しそれが点在していました。1988年これを館山市へ持ち込み、事業を創業したいという仲間を集め、「ARKS」をつくりあげました。
それから40年近く時が経っていますが、おかげ様でテナントの方々の力を合わせ、駐車場が満車になるくらい運営されている現状です。
仕事もレジャーも社会貢献も精一杯!!
富浦町にレース関係者2000人集合
4時間耐久レース優勝レースシーン
大海原空中滑走JUMP
97ジェットスキーin千里浜エキスパートシリーズ全日本オープン
石川県羽咋市の千里浜海岸で開催された「97ジェットスキーin千里浜エキスパートシリーズ全日本オープン」のXⅡ785CCマスターズクラスで優勝。
ナショナルシリーズLOUND I
JJSBA(日本ジェットスキー協会)の「ナショナルシリーズLOUND I」が南伊豆・弓ヶ浜で開催され、難関のプロクラスで3位、オープンマスターズクラスで優勝。
水上バイク4時間耐久レース
広島県豊田郡大崎で開催された、水上バイクの4時間耐久レースにて千葉レーシングチーム「SEA-DOO」(3名)が優勝でV2達成
レットブル・エアレース千葉
RED BULLエアレース海上パトロール隊
2020年東京オリンピックにて
2021年 夏オリンピック江の島にて